キッチンカーの縁の下
オーナー取材

「日常に、小さなご褒美を。」――熊本を走る移動食堂〈Good Good〉脇島智洋さんが、出来たての一皿に込めるもの

熊本の青空の下、銀色のキッチンカーから湯気が立っている。

熊本県を走るキッチンカー〈Good Good〉の外観。緑色の「Good食堂」看板と販売窓

販売口の下に飾られた緑の看板に「Good食堂」の文字。脇には「ビーフシチューオムライス」と書かれた手書きの黄色い看板。黒板にチョークで描かれたメニューの一つひとつが、丁寧に手で書き直された跡を残している。

このキッチンカーの主、脇島智洋さん(40代)は、熊本県一円を走り回りながら洋食を届けている。屋号は〈Good Good〉。読み方は「グーグー」。

開業は2019年8月。今年で6年目を迎える。

本人は自らの店を「移動食堂」と呼ぶ。「煮込みと時間を味わう移動食堂Good Good」――その自己紹介に、すべてが詰まっている。


「日常に、小さなご褒美を」

〈Good Good〉のキャッチコピーは、その短い一行に脇島さんの哲学が凝縮されている。

「出来たての美味しさを、できるだけそのまま届けたい。そんな想いと、店が少ない地域にも足を運べるところに魅力を感じて、キッチンカーを始めました」

熊本県は広い。市街地から少し離れれば、洋食屋らしい洋食屋に出会えない地域も少なくない。だからこそ、緑色の看板を掲げたキッチンカーが現れる日は、その町にとって少し特別な日になる。

「一皿でちょっと気分が上がる、そんな時間も一緒に届けられたら」

そう語る脇島さんが届けているのは、料理だけではない。日常のなかに、ふと差し込まれる小さな贅沢の時間。それこそが〈Good Good〉という屋号の意味なのだと、看板メニューを口にすれば分かる。


看板は、和牛スジ肉のビーフシチューオムライス

楕円の銀皿に湯気が立ち上る。

銀皿に盛られた湯気の立つビーフシチューオムライス。窓辺の自然光に照らされた一皿

とろとろの卵が黄金色に輝き、その上から濃厚なデミグラスソースが流れ落ちる。脇には、4時間以上かけて煮込まれた和牛スジ肉のビーフシチュー。ソースに絡んだ肉は、軽く触れただけで繊維がほどけていく。

〈Good Good〉の看板メニュー、ビーフシチューオムライス(1,350円)

A4〜A5ランクの和牛スジ肉を、じっくり、じっくり煮込んだこだわりの一皿だ。スジ肉という、本来は脇役にされがちな部位を、主役にまで押し上げる。これが脇島さんの仕事の象徴と言っていい。

脇島さん自身の言葉を借りれば、「目の前で仕上げる熱々の一皿。香りで惹きつけて、ひと口で黙らせます」。

販売窓から漂う煮込みの香り。差し出された皿から立ち上る湯気。一口含んだ瞬間に広がる、デミグラスの深みと、ほろりとほどける肉の繊維。脇島さんの言葉は、決して大袈裟ではない。

もう一つの看板、あか牛ハンバーグもまた、熊本の地ならではの一皿。

キッチンカーで提供される料理としては、明らかに、一段階上の手間がかけられている。


「時間だけは、裏切らない」

脇島さんがSNSで繰り返し使う言葉がある。

「時間だけは、裏切らない」

〈Good Good〉の仕事を、これ以上的確に言い表す言葉はない。

ある日の投稿には、こう書かれていた。「今日もひたすら肉。ゴロゴロの牛肉をカットして、ここからじっくり煮込んで、あのビーフシチューになります。お店で出す一皿の裏側は、実はこういう地味な作業の積み重ね」

別の日の投稿。「肉です。和牛スジ肉です。何年もこれを使ってます。最高のスジ肉です。うまいのです。今日は20キロ仕込みます」――そして、そっと添えられたハッシュタグに、「#腱鞘炎なんですが」。

20キロのスジ肉を一人で捌き、煮込み、皿に盛る。腱鞘炎を抱えながら、それを続ける。

派手な仕事ではない。SNS映えする一瞬の華やかさもない。けれど、その地味な積み重ねの先にしか、あの一皿は生まれない。


「ちゃんとした洋食」を、キッチンカーで届ける

脇島さんに、このキッチンカーで一番こだわっているポイントを訊ねた。返ってきた言葉には、迷いがなかった。

テイクアウト容器に盛られたビーフシチューオムライス。彩り豊かな野菜と濃厚デミグラスソース

「素材選びから仕上げまで一切妥協せず、出来たてを一番いい状態で出すこと。それが一番のこだわりです。キッチンカーというスタイルでも、”ちゃんとした洋食”を届け続けたいと思っています」

「ちゃんとした洋食」――この一言には、脇島さんの矜持が滲んでいる。

キッチンカーという業態は、どうしても「手軽さ」「速さ」「テイクアウト向き」のイメージで語られやすい。けれど〈Good Good〉が目指しているのは、その対極にある場所だ。煮込みに4時間かける。素材を選び抜く。出来たてを、最良の状態で渡す。

その姿勢は、テイクアウト用の容器に詰められた一皿にも一切の妥協を見せない。彩り豊かな野菜、フリル状に咲く赤キャベツ、艶やかなデミグラスソース。蓋を開けた瞬間に「これは違う」と分かる仕事がそこにある。

脇島さんは、ある日のSNSにこう書いた。

「正直、毎回本気です。手は抜けません。魂ごと煮込んでます」

外向けの「お客様への挨拶文」というよりは、自分自身に言い聞かせるような、静かな決意の言葉だ。


軽自動車から、今のキッチンカーへ

実は〈Good Good〉のキッチンカーは、最初から今の姿だったわけではない。

2年ほど前のSNS投稿には、軽自動車ベースの小さなキッチンカーで営業する脇島さんの姿が残っている。緑色の看板に金文字で「Good-Good」、その上に小さく「Everytime Everywhere」――どこへでも、いつでも。屋号の哲学は、初代の車から変わっていない。

そこから今の、しっかりとした厨房を備えた一台へ。

煮込み料理を本気で売る以上、火力もスペースも必要になる。20キロのスジ肉を仕込み、4時間煮込み、熱々を出す――その仕事を支えるための設備投資だった。

軽自動車から始まり、6年間走り続けてきた歩みが、今のキッチンカーには刻まれている。


「結果が読めない不安」――一番つらかった時期のこと

順風満帆に見える6年間も、その裏側には脇島さんなりの戦いがあった。開業して一番大変だったことを訊ねると、こんな答えが返ってきた。

「結果が読めない不安でした。どれだけ準備しても、天気や立地で大きく左右される世界なので、自信を持てない時期もありました」

キッチンカー業界に20年関わってきた人間として言うと、これは多くの開業者が直面する、しかしあまり語られない本音だ。

仕込みは前日から。出店場所まで車を走らせ、設営に1時間。雨が降れば客足は止まる。隣の駐車場で大きなイベントが入れば客足は増える。自分の腕とは関係ないところで、一日の売上が乱高下する。

その不安と、どう折り合いをつけるか。

脇島さんは、それを6年間かけて、少しずつ自分のなかで消化してきた。「自信を持てない時期もあった」と、過去形で語れるところまで来た。


救われてきたのは、その場の「美味しい」という一言

それでも続けてこられた理由を、脇島さんは静かにこう語る。

「お客さんの『美味しい』を、その場で受け取れることです。何気ない一言なんですが、その一言に何度も救われてきました。続けてこれた理由の一つだと思います」

固定店舗の飲食業と、キッチンカーの一番の違いは、お客さんとの距離だ。

カウンター越しに料理を渡し、その場で食べてもらう。あるいは、テイクアウトの袋を手渡す。その瞬間に交わされる「美味しい」「ありがとう」「また来てね」――その短い言葉が、翌日の仕込みに向かう力になる。

脇島さんがある日のSNSに残した言葉に、その想いが結晶している。

「数あるお店の中から、Good Good を選んでくれたこと。それだけで、もう感謝しかありません。

でも完成させてくれるのは、最後の一口を食べてくれる”あなた”です。

今日も売上以上のものをいただきました。応援、笑顔、あの一言。全部、ちゃんと受け取っています」

派手な成功談ではない。むしろ、地味で、繰り返しの日常のなかにある、小さな積み重ね。

その積み重ねが、〈Good Good〉という屋号を、熊本の人々に染み込ませていった。


これからの夢――「気取らずに立ち寄れる、自分らしいお店」

これからの目標を訊ねた。

「まだまだ知名度も足りないですが、まずは一つひとつの出会いを大切にしながら続けていきたいと思っています。将来的には、小さくても気取らずに立ち寄れる、自分らしいお店を持つのが目標です」

「気取らずに立ち寄れる」という言葉に、脇島さんの人柄が表れている。

豪華さや高級感ではなく、誰もがふらりと寄れる場所。日常の延長線上にある、けれど、料理だけは妥協しない――そんな場所を作りたいのだろう。

軽自動車から始まり、今のキッチンカーまで来た。次の景色を、脇島さんは静かに見据えている。

キャッチコピー「日常に、小さなご褒美を」は、キッチンカーから始まり、いずれは脇島さん自身の店という形でも、街に根を下ろしていくのかもしれない。


これから始めたい人へ――脇島さんからの本音

最後に、これからキッチンカーを始めたい人への一言メッセージをお願いした。返ってきたのは、夢を煽る言葉ではなく、業界で6年を生き抜いてきた人間の、誠実な本音だった。

「正直に言うと、キッチンカーは甘くないです。売上も天気や場所に大きく左右されますし、体力的にも楽ではありません。

それでも、自分の料理で直接『美味しい』と言ってもらえる仕事なので、そこにやりがいを感じられる人には続ける価値があると思います」

「甘くない」と最初に言える人は、信頼できる。

きれいごとではなく、現実を引き受けたうえで、それでも「続ける価値がある」と言い切る。その重みは、6年走り続けてきた人にしか出せないものだ。

腱鞘炎を抱えながら20キロのスジ肉を仕込み、4時間かけて煮込み、熱々の一皿を差し出す。そんな日々の積み重ねの上にしか、この言葉は生まれない。


取材を終えて

熊本の空の下、〈Good Good〉のキッチンカーは今日もどこかの町に止まっている。

銀皿に乗ったビーフシチューオムライスのアップ。チーズとパセリが彩りを添える

脇島さんは、派手な発信を好む人ではない。SNSのフォロワー数を競うタイプでもない。けれど、その一皿に込められた手間と想いは、食べた人にだけ確かに伝わっていく。

「日常に、小さなご褒美を。」 「時間だけは、裏切らない。」

二つのキャッチコピーが、ただの言葉ではないことが、銀皿のオムライスを一口食べれば分かる。

熊本県内で〈Good Good〉のキッチンカーを見かけたら、ぜひ立ち止まってみてほしい。湯気の向こうにいる脇島さんが、今日もその一皿を、最良の状態で差し出してくれる。


〈Good Good〉店舗情報

項目 内容
屋号 Good Good(グーグー)/移動食堂Good Good
代表 脇島 智洋
開業 2019年8月
活動エリア 熊本県一円
看板メニュー ビーフシチューオムライス 1,350円/あか牛ハンバーグ
Instagram @good_good_kumamoto

取材・文:キッチンカーの縁の下

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